杉浦医院
川口市/本町/川口駅
- 内科
- 外科
- 消化器内科
- 循環器内科
医院情報 | 院長紹介 | 求人 | MAP | 徒歩ルート |
医師の声 | 患者の声 | お知らせ | WEB予約 |
オンライン 診療 |
電話 | 048-222-5015 |
---|---|
所在地 | 埼玉県川口市本町4-4-16 川口駅前医療モール3F |
最寄駅 | 川口駅 |
駐車場 | 近隣にコインパーキングあり |
WEB | |
休診日 | 木曜・日曜・祝日 |
診療時間 |
9:00〜12:00 16:00〜18:00 [土曜]9:00〜12:00 |
特徴 |
|
TOSHIYUKI SUGIURA 杉浦 敏之 理事長
循環器専門医 /消化器病専門医 |
医院情報は埼玉ドクターズ(株式会社アートブルー)が独自に収集したものです。診療科目や診療時間などにつきましては変更されている場合もございます。ご来院の際は念のため、各医院様へご確認ください。また、掲載情報の内容に誤りがある場合、もしくは情報の修正・新規登録をおこなう場合は『お問い合わせフォーム・その他のお問合わせ』よりお願いいたします。
杉浦 敏之 理事長への独自インタビュー
父の代から60年以上、外科診療での経験を活かして地域の皆さんをサポートする。
当院は私の父が開業し、親子2代で60年以上にわたって地域の皆さんの健康のお手伝いをさせていただいています。父が医師だったので、その背中に憧れて自分も医師になりました。ただ、父から医師になれと言われたことはなく、むしろエンジニアなどを勧められていたほどです。父は元々軍人で、終戦後に医師になった人です。思いがけず医師の道に進むことになり、きっと苦労もあったのでしょう。そんな経緯もあって、父は私に医師を勧めなかったのかもしれません。父は昭和31年にこの土地に杉浦医院を開業しています。川口という土地は、駅前に工場が立ち並んでいましたが、今から20年ほど前に区画整備で道が広がり、マンションがひしめくビル街となりました。そのタイミングで、内科・外科・整形外科 ・耳鼻咽喉科 ・歯科など様々なクリニックを集い、”医療モール”の一員として新たなスタートを切ったのです。この医療モールを作るというのは私の強い希望で、ここに来れば悩みはほとんど解決できる、患者さんにとって便利な場所になると期待を込めました。現在は7つのクリニックが川口の皆さんの健康を 守るため、日々研鑚をつみ診療を続けています。私が理事を務める杉浦医院は歴史が長いこともあり、高齢の患者さんが中心です。中には5、60年通院してくださっている方もいらっしゃるんです。それだけ長い間、信頼し、訪れていただけることは本当に嬉しい限りです。
私は当院に入るまで、病院の外科で経験を積んできました。一方で、若い頃は救急医療の現場に憧れも持っており、救急専門の施設である・千葉県救急救命センターのセンター長をアポなしで訪ねたというエピソードがあります。今考えても何て大胆な行動だと、自分でもヒヤヒヤします。ただ、この行動が功を奏し、センター長からアドバイスをいただき、結果として希望していた外科に属しながら、委託研究生として救急施設で経験を積ませていただくことが出来ました。2年間は救急を学び、その後外科にスライドして知識を深めてきたというわけです。この間での経験はかけがえのないもので、現在の診療を支えてくれています。
『患者さんの希望を叶えたい』という思いから開業医へ。認知度の低かった”在宅医療”を模索する。
病院勤務をしていた当時は、外科の手術といえばほとんどがガンの手術でした。患者さんは手術をして、ガンがとれてよかったと言って退院していきます。ただ、中には再発し、抗がん剤の治療をしたり再入院することもありますし、その後、症状が進んでいき病室で亡くなる方もいらっしゃいます。そのときに患者さんがよく望まれていたのが「家で最後を迎えたい」ということでした。ただ、その希望を叶えることは当時はとても難しかったのです。というのも、当時は在宅医療という制度も確立していなかったですし、在宅医療として診療を行っているドクターがほとんどいなかったんです。そのため、希望する患者さんは外泊という形で家に行き、また病院に戻ってくるというのが主でした。そんな患者さんと接する中で、「在宅医療のニーズがあるんだな」と感じ、自分がその役割を担えないかと開業を考えました。ただ、私は大学を卒業してからずっと外科の道を進んでいたので、迷いもありました。とはいえ、高齢になった開業医の父を助けたいという思いもあったので、思い切って在宅医療の世界に飛び込んだというわけです。実は私が病院を退職した日、食道ガンを患って抗がん剤・放射線治療のために入院していた患者さんも退院し、一緒に病院を出ました。この患者さんはまだ点滴をしている上、ご飯も食べられない状態だったのですが、私が訪問医療で治療を続けていくことが可能になったので退院することが出来たんです。退職の翌日には、その患者さんの家に行き、点滴処置を行っていましたね。退職を決めた時は、在宅医療の道に迷いもありましたが、実際に患者さんの家で処置をしながら、「患者さんの力になれてよかった」と心から思いました。
しかし、在宅医療に関して全くと言っていいほど知識のなかった私ですから、当初は1人きりでやっていました。そんな私を見るに見かねた訪問看護ステーションの看護師の方々が沢山アドバイスをくださいました。訪問看護師という在宅医療の大先輩の力をお借りして、在宅医療のシステムを学びんだわけです。さらに、薬局の方々など協力者が増えていき、本格的な在宅医療を始められるようになり、現在に至ります。今でこそ在宅医療・訪問看護が広まってきている印象ですが、当時はとても珍しい存在でした。でも、ニーズは大きかったので、そのニーズをいち早くキャッチして実現出来たことは本当に良かったと思いますし、当院の柱になっているなと感じています。
また、在宅医療を行なうことで気づいたことがあります。それは”死”に対する向き合い方が病院と在宅では少し異なるということです。私はガン治療に携わっていたということもあり、悲しいことですが、病院でも在宅でも患者さんの死に対面してきました。病院では患者さんを看取るときにモニターなどの動きを見ながら判断する場面が多いのですが、在宅ではそういった機械はありません。ただただ患者さんのお顔を見て看取っていきます。そうすると、悲しい気持ちはもちろんあるのですが、人は皆寿命があり、お別れを迎えるということを自然の摂理として受け入れられる気がするのです。ご自宅で最後を迎えるということが、ご本人はもちろん、ご家族にとっても良い選択になることもあるのかもしれないと実感したことが、在宅医療に力を入れ続ける原動力かもしれません。
杉浦 敏之 先生には大変お世話になっています。大先輩に対して恐れ多いのですけども、幅広く、患者さんにとって最適な道を提示されていると感じます。杉浦先生は私にとって開業医としての道しるべです。